2012年08月04日

世界文化遺産 春日大社


春日大社は、1998年12月に「古都奈良の文化財」の1つとして
ユネスコの世界文化遺産に登録されました。

3月に行われる春日大社の春日祭は、
賀茂神社(京都府京都市)の葵祭、
石清水八幡宮(京都府八幡市)の石清水祭とともに
天皇の使者(勅使)が派遣されて行われる
三勅祭の一つに数えられています。


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春日大社は、今から約1300年前の710年、奈良・平城京に遷都されたその年
藤原不比等(ふじわらのふひと)が、藤原氏の氏神である
鹿島神(武甕槌命)を春日の御蓋山(みかさやま)に祀り、
春日神と称したのが始まりとされています。


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↑春日大社の中門。この奥に本殿があります。

藤原鎌足を家祖とする藤原氏は
源氏・平氏・橘氏と並び「源平藤橘」(四姓)と総称され、
その筆頭名門氏族です。


その藤原氏の繁栄とともに隆盛した
春日大社の社伝では768年に、藤原永手が
鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)の武甕槌命、
香取神宮(千葉県香取市)の経津主命、
枚岡神社(大阪府東大阪市)の天児屋根命・比売神を併せ
御蓋山に四殿の社殿を造営したのをもって創祀するとあります。


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↑春日大社、二の鳥居をくぐった所にある鹿の手水舎

雷神・剣の神とされる武甕槌命(タケミカヅチ)は
地震を引き起こす大鯰(おおなまず)を御する存在として
江戸時代に多く出回った、浮世絵の鯰江(なまずえ)にも
しばしば登場します。

武甕槌命が白鹿に乗って現れたことから、
鹿は神の使いとされ、奈良公園内でも多くの鹿の姿を見ることができます。


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↑参道のど真ん中にも鹿が!

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↑境内にある黄金色の萬燈籠。

春日大社の萬燈籠は、約800年前から行われてきた行事で
藤原氏をはじめ一般庶民が奉納し、今では
約3000基の萬燈籠があるそうです。


その昔は、油料の続く限り毎晩点燈され
雨乞いの祈願などに萬燈が行われていたようです。

近年では年2回、2月の節分と8月のお盆の時期に
萬燈籠に灯を灯すそうです。


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↑青銅の萬燈籠。

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↑黄金色・青銅ともに、それぞれ色んなデザインがあって
 1つ1つ見ていくのも楽しい。
 この萬燈籠は、社紋の「下がり藤」が施されていました。


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↑中門から移殿(うつしどの)へ向かうと
 「本社大杉」と呼ばれる、ご神木があります。


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立て札によると、この杉は約1000年の樹齢を重ね
鎌倉時代の後期(1309年)に描かれた「春日権現験記」という
絵巻物にも、その姿が描かれている。とありました。


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↑中門と本社大杉

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↑よく見ると本社大杉の根本から、イブキの木が斜めに伸びています。
 しかも、建物を突き抜け屋根の上で、青々と葉が生い茂っている!すごい!


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↑境内にある「風宮神社」(左)と「椿本神社」(右奥)

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↑「風宮神社」には、七種寄生木(なないろのやどりぎ)と言われる
 ご神木があります。

この木は、カゴノキを母樹として、
ツバキ・ナンテン・ニワトコ・フジ・カエデ・サクラの
七種類の木が共生する珍しい木です。

「風宮神社」にあることから
風神の威徳をもって種子を集められたといわれています。

また、やどり木であることから、子授けの霊木と崇められ、
紙捻(こより)を枝に結び、
願いが叶うと解くとよいと言われているそうです。


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↑若宮大楠(わかみやおおくす)

奈良県下で1・2位を争う巨樹で、神功皇后お手植えと伝えられ
もともと3本あった苗木が成長とともに合体し
1本になったと言われています。

春日大社の広大な境内には、本殿に鎮座されている神様のほかに
あわせて61社の摂社・末社があります。


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↑摂社・末社の1つ「金龍神社」。
 後醍醐天皇ゆかりとされ、金運財運をお守りくださる神様です。
 もちろん、本殿と同じく手を合わせて参拝しました。



タグ:奈良
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2012年08月01日

四国八十八ヶ所の霊場「屋島寺」


香川県高松市屋島東町の「屋島」と呼ばれる半島には
四国八十八ヶ所霊場の一つ「屋島寺」があります。

「屋島」は、高松市の東に位置する標高約293mの
火山大地の半島で、頂上付近が平坦になっていてその形状が
屋根に似ていることから、屋島と呼ばれるようになったそうです。


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↑港の向こうに見えるのが「屋島」です。
 真横に切り取ったように、頂上が平坦(水平)になっているのが分かります。

屋島は、その名の通りもともとは島でしたが
江戸時代の新田開拓により、今は陸続きになっています。


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↑高松琴平電気鉄道「琴電屋島」駅からみた屋島。
 数年前までは、ロープウェイで山頂まで行けたそうですが
 今は廃業になっているため、シャトルバスで山頂まで登ります。


屋島は、源平合戦「屋島の戦い」の舞台となったところでもあり
山頂からは、古戦場を望むことができます。

源平合戦の古戦場についてのブログは、ココをクリックしてね!

まずは、四国八十八ヶ所霊場の一つ
八十四番目の礼所「屋島寺」をお楽しみください。


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↑屋島寺の東大門(入口)

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↑屋島寺の本殿。その横には、太三郎狸の「蓑山(みのやま)大明神」が祀られています。

屋島寺は、754年に唐僧の鑑真(がんじん)が
屋島の北嶺に創建した律宗でしたが
815年に、弘法大師空海が現在の南嶺に移築し、
真言宗に改宗したといわれる古刹です。

本尊の十一面千手観音は、平安時代前期に作られた一木造り
本殿は、鎌倉時代の末頃の建設といわれ
共に、国の重要文化財として指定されています。

また、このお寺の釣り鐘は「平家供養の鐘」として
知られています。


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↑気になるのは、狸の「蓑山(みのやま)大明神」。
 なぜ、ここに狸の神社があるのか・・・。


境内の記述によると
その昔、弘法大師が四国八十八ヶ所の開創のおり
霧深い屋島で道に迷い、蓑笠を着た老人に山頂まで案内されとあり
のちに、その老人は太三郎狸の変化術によるものだったと知ります。

太三郎狸は、十一面千手観音の御申狸(おんもうしだぬき)であり
数々の善行をつんだため土地の氏神として祀られ
一夫一妻の契りも固く家庭円満・縁結び・子宝を授け幸福をもたらす
狸として信者が多い。
という内容が記載されていました。


また、別の資料をみると
屋島に異変が起こるときは、事前に住職に知らせた。とか
平重盛が助けた狸の子孫を、蓑山大明神に祀っているとも
書かれていました。

太三郎狸は「禿狸(はげたぬき)」とも呼ばれ、
佐渡の団三郎狸、淡路島の芝右衛門狸と並んで、
日本三大狸に数えられています。

太三郎狸は、300匹のタヌキを従えて
淡路島の芝右衛門狸に化け比べ合戦を挑んだり
江戸時代に起きたタヌキの大戦争・阿波狸合戦で
金長狸と六右衛門狸の間に入って仲裁をしたり、
日清日露戦争では満州でも闘ったなど、様々な逸話があります。


琴平町にある「金比羅宮(愛称:こんぴらさん)」の博学狸・松雲斎といい
ここ香川県には、狸にまつわる言い伝えが多いんですね。


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↑本殿に隣接して「宝物殿」があります。

宝物殿には、数多くの寺宝をはじめ
那須与一の子孫が寄進した「源氏の白旗」「源氏の勝臼」や
土佐光起筆の「屋島合戦屏風」「源平盛衰記絵巻」などが所蔵されています。


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↑境内にある大師堂。本殿の時と同様に
 お線香とロウソクをお供えさせていただきました。


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↑七福神も祀られています。

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↑弘法大師空海ゆかりとあってなのか、熊野権現の社もありました。

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↑注意して見ていると、燈籠や屋根瓦など所々に
 徳川家「葵」の御紋が施されています。

なぜ???疑問に思い、お遍路さんが御朱印をしてもらう
納経所の方に質問してみると・・・。

屋島寺は、高松城の鬼門に位置することから
鬼門封じの寺として、高松藩城主に代々庇護されていたから。
というもの。

江戸時代の初期、水戸藩初代藩主・徳川頼房の子
松平頼重が城主だったことから、
屋島寺内で葵の御紋の使用が許されたらしいのです。

ちなみに、松平頼重とは
水戸黄門で知られる徳川光圀のお兄さんにあたります。


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鑑真(がんじん)から始まり、弘法大師空海、源平合戦、徳川家と
長い歴史を歩んできたお寺は今、パワースポットとしても
注目されているようです。





タグ:香川
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2012年07月15日

「祇園祭」京都の夏がやってきた


2012年7月、いよいよ京都の夏が始まりました!!
そいう言わずと知れた「祇園祭」です。

街のあちらこちらから聞こえる、コンチキチンの祇園囃子が
古都の夏を一層盛り上げます。

約1ヶ月間にわたって繰り広げられる「祇園祭」は見所満載!!
今日は、宵山(7月14日〜7月16日)です。


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今では「八坂神社」の「祇園祭」として知られていますが
明治までは「祇園社」の「祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)」、
略して「祇園会(ぎおんえ)」と呼ばれ
明治維新の神仏分離によって「八坂神社」へと改称されます。

八坂神社の起こりとなる「祇園社」は、
平安時代前期の公卿であり日本史上初の関白となる
藤原基経(ふじわら もとつね)が自邸を寄進し
建立したことに始まります。


当時の正式名称は「感神院祇園社」といい「祇園」という名前は、
琵琶法師・耳なし芳一が語った「平家物語」冒頭の
「祇園精舎」に由来するとか。

  祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。
  沙羅雙樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
  驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。
  猛き者もつひには滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。

また、八坂神社の本殿・東側には
「平家物語」巻六にも登場する、平清盛の養父・平忠盛ゆかりの
「忠盛燈籠」という石灯籠があります。


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↑夜18時以降、歩行者天国となった4車線の道路は、人だかりで動きがとれません。
 この日(7/15)の観光客数は、29万人だったそうです。
 ちなみに、7/14は25万人・7/16は40万人、
 宵山の3日間の観光客数は、累計94万人だそうです。


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↑この山車は<放下鉾>です。昼間と夜で、こんなに雰囲気が違います。
 昼間にみると天高く伸びる鉾の先が見え、
 夜には、灯がともった提灯が幻想的な空間を演出します。

 かつて放下鉾も長刀鉾と同様「生稚児(いきちご)」でしたが
 昭和4年以降、稚児人形になっています。
 稚児人形は、久邇宮多嘉王殿下より三光丸と命名されたそうです。


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↑この山車は<岩戸山>で、松を載せ少人数だけ乗れるようになっています。

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疫病退散を祈って行われ始めた祇園祭の山車(だし)には
「鉾」と「山」があります。
この山車が街中を巡行し、豪快な辻回しをするのが「山鉾巡行」です。

鉾とは、直径2メートル程の車輪が付き、
2階に、コンチキチンと奏でるお囃子が乗ります。
屋根には、長大な鉾(槍のような武器)があり
頭上の鉾に、疫病神が吸い込まれると信じられています。


鉾は木製で、その重さは10トン〜12トンにもなるとか。
組み立てには、代々伝えられた縄だけで組み立てる
「縄がらみ」という手法を用い、釘は1本も使わないそうです。

山とは、鉾の変わりに松の木を戴き、
山の上で出し物を演じる数人の者が乗ることはあっても、
お囃子ほどの大人数は乗っていません。
この松の木も鉾と同様、疫病神が吸い込まれるとされています。


現在の山鉾は桃山時代から江戸時代にかけて形造られたそうです。
中国、インド、ペルシャなど、シルクロードを経て持ち込まれた
タペストリーや京都の金襴・西陣織などの懸装品、
左甚五郎作などの優れた彫刻や精緻な欄縁金具などの工芸装飾品で
豪華絢爛に飾られるようになり「動く美術館」と言われています。


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山鉾は、全部で33基あるのですが
ここでは、一部の「鉾」と「山」をお見せしましょう。


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↑<蟷螂山(とうろうやま)>蟷螂とは、カマキリのこと。

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↑<蟷螂山(とうろうやま)>屋根の上にカマキリが乗るユニークな山です。
 自分の力をわきまえず、大敵に立ち向かう
 その勇猛さを賞した中国君子の故事に由来。


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↑<山伏山(やまぶしやま)>山鉾巡行の時には、松の下にご神体が鎮座します。

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↑<山伏山(やまぶしやま)>山に飾るご神体は、見ての通り山伏の人形です。
 正面の水引は、雲中の竜、青海波と麒麟を
 精緻な刺しゅうで描いた中国からもたらされた豪華なもの。


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↑<橋弁慶山(はしべんけいやま)>ご想像通り、ご神体は牛若丸と弁慶です。
 500年も前の造形で、山の中では最も古いご神体だそうです。


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↑<長刀鉾(なぎなたほこ)>山鉾巡行では、くじ取らずの1番手(先頭)。
 約11トンの巨体。巡行開始時に、しめ縄を切る生稚児(いきちご)が乗る唯一の鉾。
 鉾のてっぺんを飾るのは、三条小鍛冶宗近作の大長刀。


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↑<船鉾(ふなほこ)>船の形をした鉾ですが頭上に細長く伸びる鉾はありません。
 「日本書紀」の神功皇后の新羅出船に由来し
 船頭には「鷁(げき)」と呼ばれる想像上の瑞鳥が飾られています。
 

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↑<月鉾(つきほこ)>この鉾に関するグッズを購入すると
 観光客でも鉾の中に入ることができ、
 他の鉾でも、しばしば見受けられる光景です。


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↑<月鉾(つきほこ)>伊弉諾尊が黄泉の国から戻り、禊ぎをした際
 左目から天照大神、右目から月読尊、鼻から素戔鳴尊が生まれました。
 この鉾は、水徳の神であり夜を支配する、月読尊に由来するそうです。


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↑<菊水鉾(きくすいほこ)>謡曲「菊慈童」から着想された鉾で、
 この鉾に限り「菊水」と篆書で掘り出した額がつく。
 観音経を記した菊の葉についた露を「菊水」といい、
 その水を飲むと、不老長寿になるといわれています。


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祇園祭は、日本三大祭り、京都三大祭り、日本三大曳山祭り、日本三大山車祭り
に数えられる日本を代表する祭り。

現存する33基の山鉾のうち29基が、国の重要有形民俗文化財に指定され、
17日に行われる山鉾巡行は重要無形民俗文化財に指定、
2009年9月30日には、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。



タグ:京都
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