2012年08月04日

「暗夜行路」完結の地 志賀直哉旧居


奈良県奈良市高畑にある「志賀直哉旧居」は
今年(2012年)で築後84年になります。

一生で28回も転居した、白樺派の文豪・志賀直哉が
昭和4年から9年間(46歳〜55歳まで)住んだ邸宅で
平成12年に、登録有形文化財に指定されました。

昭和53年6月、学校法人奈良学園は
解体の話が出ていたこの旧居を、厚生省社会保険庁から譲り受け
今では、奈良学園の学生が気軽に利用できる
セミナーハウスとして使用しているほか、一般にも公開しています。


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↑志賀直哉旧居の表門(入口)

この旧居(敷地435坪、建物134坪)は、志賀直哉が自ら設計。
数寄屋風の造りを基調にし、洋風や中国風の様式も取り入れたモダンな
邸宅になっています。


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↑玄関を入ったところ。雰囲気があって期待感アップです。

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↑係の方の誘導にともない、まずは2階から見学。
 2階には、「客間」と「書斎」の2部屋あります。

廊下の天井は、数寄屋造りでよく見られる船底天井になっていました。
窓の外には、時代を感じさせる雨戸です。

突き当たりの部屋が、客間で右手前の部屋が書斎です。
書斎は、1階と2階にそれぞれ1部屋づつあります。


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↑客間の窓からは、若草山や庭の緑が見える2面開口!開放感抜群です!!
 雪見障子が、いい雰囲気を演出しています。


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↑客間の窓から見た北側の風景。

当時は、もっと見えていたに違いない若草山が見えます。
瓦屋根の後ろ、木々が茂っていて分かりにくいのですが、
チラッと若草山が見えます。


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↑客間の窓の下には、池のある前庭が広がっています。

この旧居には、前庭・中庭・裏庭の3つの庭があります。
ほとんどの部屋が庭に面しおり、窓が大きくとられているため
風通しが良く、気持ちのいい住空間になっています。

この日は、真夏の太陽がジリジリと注ぐ暑い日でしたが
室内でじっとしていれば、エアコンいらずの快適さでした


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↑2階の書斎。6畳の和室・南向き。

部屋の前にあった説明書きによると、
この部屋で「暗夜行路」の後編を完結した。
とありました。

そう思いながら部屋をみると、なんだかしみじみ見入ってしまいます。

大正10年(1921年)暗夜行路 前編 
昭和12年(1937年)暗夜行路 後編を発表し
連載から17年目に完結。


志賀直哉、唯一の長編小説である『暗夜行路』は
近代日本文学の代表作の一つに挙げられ、
小説家・大岡昇平は、近代文学の最高峰であると讃えています。

志賀直哉の小説について、
芥川龍之介は、自分の創作上の理想と呼び
小林多喜二は、心酔し
小林秀雄は、視覚的把握の正確さを評価しています。

昭和24年(1949年)親交を深めていた
谷崎潤一郎と共に、文化勲章を受章しています。


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↑1階の書斎。6畳の洋室・北向き。

若い頃の志賀直哉は、北向きの部屋が好きだったようです。
明るすぎると気が散るので、机の上だけが明るく他は薄暗いほうが
良かったようです。

ただ、年とともに北向きの寒さが身にこたえるようになり
2階・南向きの書斎を使うようになった、とありました。
1階の書斎は、夏だけ使っていたようです。


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↑1階・書斎の天井。
 さりげない所に凝るデザインが、とても格好いい♪


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↑中庭を囲むように、ぐるっと廊下が回っています。
茶室もあり中庭に、にじり口や待合いがあります。


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↑浴室は、角形の五右衛門風呂。そして当時としては、
 ハイカラだったはずのシャワーが付いています。

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↑約20畳の食堂。

白壁の天井、珍しい赤松の長押(なげし)、
大きな牛皮張りのソファーなど数奇屋風、洋風、中国風を調和させた
モダンな造りになっています。

ひっきりなしに人が訪れた志賀邸では
来客もここで家族と一緒に食事をしたそうです。

また、この食堂は子供たちの娯楽施設としても使ったとか。。。
ちなみに、子供は2男7女(うち2人は幼くして亡くなっている)で
妻は、武者小路実篤の従妹・勘解由小路康子(かげゆのこうじ さだこ)です。


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↑食堂の横には、約15畳のサンルームがあります。

窓からは裏庭の緑が見え、室内に注がれる天窓からの光は
まさに天から差し込む後光のようです。
床には、タイルではなく特注の瓦が使われているそうです。
なんとも、おしゃれです


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↑食堂とサンルームは、出窓風のカウンターで仕切られ
 モダンな雰囲気と空間の広がりをうまく演出しています。


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このサンルームは、別名「高畑サロン」と呼ばれた有名な部屋。

武者小路実篤、谷崎潤一郎、小林多喜二、尾崎一雄といった
白樺派の文化人や画家などの錚々たる面々が訪れ、
それぞれの想いを語り、囲碁やトランプをするなど
娯楽を楽しんだと言われています。

パチンッという囲碁を打つ音、風が運ぶ裏庭の木々の香り
扇子を扇ぎながらお茶を飲み談話を楽しむ。
それぞれの想いが行き交う、高畑サロンの風景を想像していると
当時の音が聞こえてきそうです。


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↑台所は、食堂とサンルームの両方に、行き来出来るよう設計されていました。

台所にも窓が施され、明るく風通しも良い。
また、今でいうところのシンクやコンロのスペースにも
ゆとりがあって使いやすそうです。


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↑台所・シンクの横には冷蔵庫がありました。
 昭和初期の当時としては、珍しかったはず。。。贅沢だ。


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↑台所・水屋の両サイドは、食堂(左)とサンルーム(右)へと
 通じています。来客が多いせいか、使いやすいように設計されています。


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↑食堂から見るとこんな感じ。
 水屋を通じて食堂と台所で、出し入れが出来るようになっています。
 これは、便利です。


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↑広縁から見た、裏庭の眺め。広縁の床は、板間ではなく畳になっていました。

サンルームにある少し大きめの、にじり口をくぐると
婦人の部屋へ通じる広縁があります。

広縁は、婦人の部屋から子供部屋へと続いているのですが
母親が子供に干渉しすぎないよう、
また子供の独立心を育てるため壁で仕切られています。


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↑広縁に面する、婦人の部屋です。
 すっきりとした数寄屋造りの和室になっています。

南向きの日当たりの良い部屋で、サンルームと子供部屋の間という
行動能率の良い場所に配置されています。

また、サンルームと子供部屋に1部屋挟むことで
子供が騒いでもサンルームに聞こえづらく
逆にサンルームでの談話が子供の勉強を邪魔しないように
配慮されています。

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↑裏庭の片隅に、子供用の小さなプールがありました。
 志賀直哉って子煩悩だったんだな〜、と思った瞬間でした。


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↑裏庭から見た、サンルーム。
 芝生で緑化されているせいか、涼やかな感じでした。


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↑裏庭から見た、婦人の部屋と子供部屋(右奥)。
 木々の陰で、強い日差しが室内に入るのを防いでいるようです。


高畑サロンでの談話や子供たちの賑やかな声。
みんなで食事をし、庭を眺め
窓から若草山の四季を愛でた奈良の暮らしは
執筆への想像力に一役かっていたのかもしれませんね。

久しぶりに「暗夜行路」を読んでみようかな。



タグ:奈良
posted by ショコラ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 名建築
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