2012年08月05日

京都の奥座敷 貴船で「川床」涼夏


夏、真っ盛りの猛暑日が続く中、
涼をもとめてやってきたのは、京都の奥座敷・貴船(きぶね)。

京阪電鉄「出町柳」駅から叡山電鉄に乗り継ぎ「貴船口」駅を降りると
そこは、すでにひんやりと涼しい空気に包まれていました。

駅を降りて見えたのは、青々とした木々の緑と
貴船川の清涼と川音、空気も澄んでいてとても気持ちがいい!!


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↑貴船川

叡山電鉄「貴船口」駅から貴船神社の奥宮まで
貴船川に沿って、20件近い料亭が軒を連ねます。

「川床(かわどこ)」は、桃山時代に
鴨川の中州や浅瀬に床机を設け、
客をもてなしたのが始まりといわれています。

貴船は、「京の奥座敷」と言われることから
「床(とこ)の間」と同じ感覚で
「川床(かわどこ)」と呼ばれるようになったそうです。

一方、鴨川は、川沿いに設けられた「高床(たかゆか)」が
省略されて「床(ゆか)」や「納涼床(ゆか)」と呼ばれています。


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↑川床料理を予約した「右源太」さん

駅に着くと川床料理を予約した「右源太」さんの
送迎バスが迎えに来てくれていました。

この時期、川床を楽しもうと多くのお客さんで賑わっています。
おかげで、車が動きません・・・。
料亭の近くまで来たので、途中下車し歩くことにしました。


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↑歩きながら貴船川を覗き込むと、みんな楽しそうに食事をしています。
 貴船川の上に設けられた川床。なんだか涼しそう〜。
 

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↑ずら〜り、宴席が並んでいます。

こんなに長いと、中ほどの席からは川面が楽しめないのでは・・・。
せっかくの川床がもったいないような。
どうか、予約した席が川の見える席でありますように!
と、ちょっと思ってしまいました。


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↑忙しそうな仲居さん。

早めに来たので、予約した時間までの間
貴船神社の本宮・結社・奥宮に参拝しました。

願いが叶う『三社詣』の順に、ブログにて紹介中!

一番目、貴船神社・本宮 ←クリックするとページが開きます♪
二番目、貴船神社・奥宮 ←クリックするとページが開きます♪
三番目、貴船神社・結社(中宮) ←クリックするとページが開きます♪

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↑太陽の日差しを遮るように、屋根が設けられています。

予約した時間になり、通されたのは
うれしいことに、川の水が岩肌を滑るように流れる
その真上の席!!

川瀬の音や水しぶきなど、川床が全身で体感できます!
この宴席で、美味しい料理が楽しめるなんて感激です。


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手を伸ばすと、ひんやりと冷たい川の水に触れられます。
貴船川の水が冷たいせいか、川面を渡る風も
クーラーのように涼しくて気持ちがいい!!

聞くところによると、貴船では
京都市内と比べて体感温度が、5度ほど低いそうです。

京都盆地特有の蒸し暑さからすれば、これはもう避暑地ですね。
どうりで、みんなが貴船に集まるはずです。


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↑私たちの席の後ろにも、川床の宴席が用意されています。

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↑席の前は、ずらりと宴席が並んでいます。

ちょうど、予約したお客さんが入れ替わるタイミングなので
仲居さんたちも、次の方を迎える準備で忙しそうです。

あとで知ったのですが、今回予約した「右源太」さんは
貴船神社に仕えた社家の家筋にあたり、
屋号は神官の役職で、明治維新後の神仏分離を機に
料理旅館に転身したんだそうです。

それに、旅館部門で2010年度から3年連続
ミシュランガイドで、星をもらったとか!
受付の方に聞くと「3つ星です」と言われました。


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↑先付けからはじまり、八寸が運ばれてきました。

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この季節ならではの「鱧のお吸い物」や「鮎の塩焼き」「お刺身」など
懐石料理が順番に出てきました。どれも、美味しかったです。

木々の緑に囲まれ、川のせせらぎと涼風そして蝉の声。
心も体も、ゆる〜りと癒される感じです。

私たちがゆっくり食事をしていたせいか
予約客が多かったせいか
料理を食べ終わって時計をみると3時間経っていました。

京都市内の気温は、33〜34度はあったかと思いますが
その時には、涼しいというより少し肌寒いくらいの涼夏でした。


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貴船(きぶね)は、気生根(きふね)ともいわれ
「気」の「生」まれる「根源」の地という意味があるそうです。

ストレス社会がささやかれる昨今、
疲れた「気」を清浄・癒すことで、新しい活力を生み出す!!

といったところでしょうか。



タグ:京都

2012年08月04日

「暗夜行路」完結の地 志賀直哉旧居


奈良県奈良市高畑にある「志賀直哉旧居」は
今年(2012年)で築後84年になります。

一生で28回も転居した、白樺派の文豪・志賀直哉が
昭和4年から9年間(46歳〜55歳まで)住んだ邸宅で
平成12年に、登録有形文化財に指定されました。

昭和53年6月、学校法人奈良学園は
解体の話が出ていたこの旧居を、厚生省社会保険庁から譲り受け
今では、奈良学園の学生が気軽に利用できる
セミナーハウスとして使用しているほか、一般にも公開しています。


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↑志賀直哉旧居の表門(入口)

この旧居(敷地435坪、建物134坪)は、志賀直哉が自ら設計。
数寄屋風の造りを基調にし、洋風や中国風の様式も取り入れたモダンな
邸宅になっています。


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↑玄関を入ったところ。雰囲気があって期待感アップです。

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↑係の方の誘導にともない、まずは2階から見学。
 2階には、「客間」と「書斎」の2部屋あります。

廊下の天井は、数寄屋造りでよく見られる船底天井になっていました。
窓の外には、時代を感じさせる雨戸です。

突き当たりの部屋が、客間で右手前の部屋が書斎です。
書斎は、1階と2階にそれぞれ1部屋づつあります。


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↑客間の窓からは、若草山や庭の緑が見える2面開口!開放感抜群です!!
 雪見障子が、いい雰囲気を演出しています。


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↑客間の窓から見た北側の風景。

当時は、もっと見えていたに違いない若草山が見えます。
瓦屋根の後ろ、木々が茂っていて分かりにくいのですが、
チラッと若草山が見えます。


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↑客間の窓の下には、池のある前庭が広がっています。

この旧居には、前庭・中庭・裏庭の3つの庭があります。
ほとんどの部屋が庭に面しおり、窓が大きくとられているため
風通しが良く、気持ちのいい住空間になっています。

この日は、真夏の太陽がジリジリと注ぐ暑い日でしたが
室内でじっとしていれば、エアコンいらずの快適さでした


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↑2階の書斎。6畳の和室・南向き。

部屋の前にあった説明書きによると、
この部屋で「暗夜行路」の後編を完結した。
とありました。

そう思いながら部屋をみると、なんだかしみじみ見入ってしまいます。

大正10年(1921年)暗夜行路 前編 
昭和12年(1937年)暗夜行路 後編を発表し
連載から17年目に完結。


志賀直哉、唯一の長編小説である『暗夜行路』は
近代日本文学の代表作の一つに挙げられ、
小説家・大岡昇平は、近代文学の最高峰であると讃えています。

志賀直哉の小説について、
芥川龍之介は、自分の創作上の理想と呼び
小林多喜二は、心酔し
小林秀雄は、視覚的把握の正確さを評価しています。

昭和24年(1949年)親交を深めていた
谷崎潤一郎と共に、文化勲章を受章しています。


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↑1階の書斎。6畳の洋室・北向き。

若い頃の志賀直哉は、北向きの部屋が好きだったようです。
明るすぎると気が散るので、机の上だけが明るく他は薄暗いほうが
良かったようです。

ただ、年とともに北向きの寒さが身にこたえるようになり
2階・南向きの書斎を使うようになった、とありました。
1階の書斎は、夏だけ使っていたようです。


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↑1階・書斎の天井。
 さりげない所に凝るデザインが、とても格好いい♪


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↑中庭を囲むように、ぐるっと廊下が回っています。
茶室もあり中庭に、にじり口や待合いがあります。


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↑浴室は、角形の五右衛門風呂。そして当時としては、
 ハイカラだったはずのシャワーが付いています。

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↑約20畳の食堂。

白壁の天井、珍しい赤松の長押(なげし)、
大きな牛皮張りのソファーなど数奇屋風、洋風、中国風を調和させた
モダンな造りになっています。

ひっきりなしに人が訪れた志賀邸では
来客もここで家族と一緒に食事をしたそうです。

また、この食堂は子供たちの娯楽施設としても使ったとか。。。
ちなみに、子供は2男7女(うち2人は幼くして亡くなっている)で
妻は、武者小路実篤の従妹・勘解由小路康子(かげゆのこうじ さだこ)です。


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↑食堂の横には、約15畳のサンルームがあります。

窓からは裏庭の緑が見え、室内に注がれる天窓からの光は
まさに天から差し込む後光のようです。
床には、タイルではなく特注の瓦が使われているそうです。
なんとも、おしゃれです


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↑食堂とサンルームは、出窓風のカウンターで仕切られ
 モダンな雰囲気と空間の広がりをうまく演出しています。


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このサンルームは、別名「高畑サロン」と呼ばれた有名な部屋。

武者小路実篤、谷崎潤一郎、小林多喜二、尾崎一雄といった
白樺派の文化人や画家などの錚々たる面々が訪れ、
それぞれの想いを語り、囲碁やトランプをするなど
娯楽を楽しんだと言われています。

パチンッという囲碁を打つ音、風が運ぶ裏庭の木々の香り
扇子を扇ぎながらお茶を飲み談話を楽しむ。
それぞれの想いが行き交う、高畑サロンの風景を想像していると
当時の音が聞こえてきそうです。


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↑台所は、食堂とサンルームの両方に、行き来出来るよう設計されていました。

台所にも窓が施され、明るく風通しも良い。
また、今でいうところのシンクやコンロのスペースにも
ゆとりがあって使いやすそうです。


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↑台所・シンクの横には冷蔵庫がありました。
 昭和初期の当時としては、珍しかったはず。。。贅沢だ。


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↑台所・水屋の両サイドは、食堂(左)とサンルーム(右)へと
 通じています。来客が多いせいか、使いやすいように設計されています。


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↑食堂から見るとこんな感じ。
 水屋を通じて食堂と台所で、出し入れが出来るようになっています。
 これは、便利です。


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↑広縁から見た、裏庭の眺め。広縁の床は、板間ではなく畳になっていました。

サンルームにある少し大きめの、にじり口をくぐると
婦人の部屋へ通じる広縁があります。

広縁は、婦人の部屋から子供部屋へと続いているのですが
母親が子供に干渉しすぎないよう、
また子供の独立心を育てるため壁で仕切られています。


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↑広縁に面する、婦人の部屋です。
 すっきりとした数寄屋造りの和室になっています。

南向きの日当たりの良い部屋で、サンルームと子供部屋の間という
行動能率の良い場所に配置されています。

また、サンルームと子供部屋に1部屋挟むことで
子供が騒いでもサンルームに聞こえづらく
逆にサンルームでの談話が子供の勉強を邪魔しないように
配慮されています。

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↑裏庭の片隅に、子供用の小さなプールがありました。
 志賀直哉って子煩悩だったんだな〜、と思った瞬間でした。


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↑裏庭から見た、サンルーム。
 芝生で緑化されているせいか、涼やかな感じでした。


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↑裏庭から見た、婦人の部屋と子供部屋(右奥)。
 木々の陰で、強い日差しが室内に入るのを防いでいるようです。


高畑サロンでの談話や子供たちの賑やかな声。
みんなで食事をし、庭を眺め
窓から若草山の四季を愛でた奈良の暮らしは
執筆への想像力に一役かっていたのかもしれませんね。

久しぶりに「暗夜行路」を読んでみようかな。



タグ:奈良
posted by ショコラ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 名建築

世界文化遺産 春日大社


春日大社は、1998年12月に「古都奈良の文化財」の1つとして
ユネスコの世界文化遺産に登録されました。

3月に行われる春日大社の春日祭は、
賀茂神社(京都府京都市)の葵祭、
石清水八幡宮(京都府八幡市)の石清水祭とともに
天皇の使者(勅使)が派遣されて行われる
三勅祭の一つに数えられています。


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春日大社は、今から約1300年前の710年、奈良・平城京に遷都されたその年
藤原不比等(ふじわらのふひと)が、藤原氏の氏神である
鹿島神(武甕槌命)を春日の御蓋山(みかさやま)に祀り、
春日神と称したのが始まりとされています。


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↑春日大社の中門。この奥に本殿があります。

藤原鎌足を家祖とする藤原氏は
源氏・平氏・橘氏と並び「源平藤橘」(四姓)と総称され、
その筆頭名門氏族です。


その藤原氏の繁栄とともに隆盛した
春日大社の社伝では768年に、藤原永手が
鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)の武甕槌命、
香取神宮(千葉県香取市)の経津主命、
枚岡神社(大阪府東大阪市)の天児屋根命・比売神を併せ
御蓋山に四殿の社殿を造営したのをもって創祀するとあります。


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↑春日大社、二の鳥居をくぐった所にある鹿の手水舎

雷神・剣の神とされる武甕槌命(タケミカヅチ)は
地震を引き起こす大鯰(おおなまず)を御する存在として
江戸時代に多く出回った、浮世絵の鯰江(なまずえ)にも
しばしば登場します。

武甕槌命が白鹿に乗って現れたことから、
鹿は神の使いとされ、奈良公園内でも多くの鹿の姿を見ることができます。


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↑参道のど真ん中にも鹿が!

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↑境内にある黄金色の萬燈籠。

春日大社の萬燈籠は、約800年前から行われてきた行事で
藤原氏をはじめ一般庶民が奉納し、今では
約3000基の萬燈籠があるそうです。


その昔は、油料の続く限り毎晩点燈され
雨乞いの祈願などに萬燈が行われていたようです。

近年では年2回、2月の節分と8月のお盆の時期に
萬燈籠に灯を灯すそうです。


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↑青銅の萬燈籠。

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↑黄金色・青銅ともに、それぞれ色んなデザインがあって
 1つ1つ見ていくのも楽しい。
 この萬燈籠は、社紋の「下がり藤」が施されていました。


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↑中門から移殿(うつしどの)へ向かうと
 「本社大杉」と呼ばれる、ご神木があります。


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立て札によると、この杉は約1000年の樹齢を重ね
鎌倉時代の後期(1309年)に描かれた「春日権現験記」という
絵巻物にも、その姿が描かれている。とありました。


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↑中門と本社大杉

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↑よく見ると本社大杉の根本から、イブキの木が斜めに伸びています。
 しかも、建物を突き抜け屋根の上で、青々と葉が生い茂っている!すごい!


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↑境内にある「風宮神社」(左)と「椿本神社」(右奥)

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↑「風宮神社」には、七種寄生木(なないろのやどりぎ)と言われる
 ご神木があります。

この木は、カゴノキを母樹として、
ツバキ・ナンテン・ニワトコ・フジ・カエデ・サクラの
七種類の木が共生する珍しい木です。

「風宮神社」にあることから
風神の威徳をもって種子を集められたといわれています。

また、やどり木であることから、子授けの霊木と崇められ、
紙捻(こより)を枝に結び、
願いが叶うと解くとよいと言われているそうです。


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↑若宮大楠(わかみやおおくす)

奈良県下で1・2位を争う巨樹で、神功皇后お手植えと伝えられ
もともと3本あった苗木が成長とともに合体し
1本になったと言われています。

春日大社の広大な境内には、本殿に鎮座されている神様のほかに
あわせて61社の摂社・末社があります。


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↑摂社・末社の1つ「金龍神社」。
 後醍醐天皇ゆかりとされ、金運財運をお守りくださる神様です。
 もちろん、本殿と同じく手を合わせて参拝しました。



タグ:奈良
posted by ショコラ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社仏閣