2012年07月28日

「明石海峡大橋」のてっぺんに登りました!


神戸市垂水区舞子と淡路島を結ぶ、
全長約3,911m世界一長いつり橋、しかも2つのギネス記録を持つ
「明石海峡大橋(愛称:パールブリッジ)」の
てっぺんに登ってきました!!

私が参加したのは「ブリッジワールド」が主催する
体験型ツアーです。

普段は立ち入れない管理用通路から
明石海峡大橋のてっぺん(主塔の塔頂)までを
橋の建設に携わったツアーリーダーが案内してくれます。


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集合後に、ツアーの注意事項と説明があり誓約書にサイン。
ヘルメットをかぶり、カメラや携帯を落とさないよう
ストラップにつなぎ首から下げて
明石海峡大橋の主塔登頂の体験ツアーがスタートします。

最初は、明石海峡大橋と隣接する「橋の科学館」で
ツアーリーダーの方が、世界最長の橋の建設や技術・歴史などについての
説明があります。ジョークなどを交えながら話をしてくれるので
とても分かりやすい内容でした。


DSCF7647.JPG 1999年(平成11年)4月、明石海峡大橋は
 2つのギネス記録の認定を受けました。

 1)中央支間長(主塔から主塔までの長さ)が
   一番長い橋 → 約1,991mあります

 2)主塔の高さが一番高い橋
   → 海面から約300mあります

↑「橋の科学館」では、この2つの認定証を展示しています。



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明石海峡大橋は、約40年の調査期間を経て
1988年(昭和63年)5月、現地工事に着手
およそ10年の歳月をかけて1998年(平成10年)4月に完成しました。

ところが、完成の約3年前(1995年・平成7年、1月)に
阪神淡路大震災が発生、震源地は現地から約1km離れた場所でした。

ただちに調査が行われ、地震の地殻変動で
主塔と主塔の間が約1m広がっていることが判明。
構造計算など強度に関する見直しの結果、部材の寸法変更だけで
安全が保たれることが分かり、工事は無事完成。

その結果、中央支間長(主塔から主塔までの長さ)が
約1,990m → 約1,991m になったのだそうです。


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↑明石海峡大橋の真下から淡路島方面を望む。
 この橋桁(はしげた)の中を歩きます。


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↑「橋の科学館」での説明が終わり、
 いよいよ明石海峡大橋の登頂に向けて出発です。


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↑普段は入れない管理用通路を歩きます。
 当然のことながら、眼下は大海原が広がっています。


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↑海を真下に見ながら普段、味わうことのない体験に
 ワクワク&ドキドキ♪♪刺激があって楽しい!!


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↑この橋桁(はしげた)の中を、舞子から淡路島に向かって
 約1kmほど歩きます。私たちの頭上は、車が走っている道路です。


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↑海面から約65mの高さとなる橋桁の中は、
 溝ぶたのような格子になっていて海が丸見え!
 ちょっと足がすくみます、高所恐怖症の方は無理かも。。。
 主塔までの約1km、この状態が続きます。


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↑主塔に到着!!真下には、主塔を支える丸く白い基礎部分が見えます。

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↑てっぺんの98階までは、エレベーターで約2分!あっという間に到着です。

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↑エレベーターを降り、通路を歩き階段を登ると
 ギネス認定!世界一高い主塔のてっぺんです!


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↑写真の右側は、神戸市の舞子方面。左側は、淡路島方面です。
 参加者みんな、高欄から覗き込むように眺望を楽しんでいます。

ギネス記録が認定された約300mの主塔の高さは
奥に見える四角い塔の上部までの高さで
東京タワー(約333m)とほぼ同じです。


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 立っているのは、
 海面から約289mの主塔中心部。

 東京タワーの特別展望台の高さは約250m、
 横浜ランドマークタワースカイガーデンの
 展望フロアの高さは約273m、
 東京スカイツリーの天望回廊の高さは約450m。


2012年5月22日までは、明石海峡大橋が
日本国内で一般人が登れる最も高い建築物だったのですが
世界一高い電波塔としてギネス記録に認定された
「東京スカイツリー」の開業にともない
その座を譲り渡すこととなりました。


また現在、立て替え工事中の大阪・阿倍野の
「あべのハルカス」が完成(2014年3月竣工予定)すれば
高さ約296mの横浜ランドマークタワーを抜き
高さ約300mの日本一の超高層ビルとなります。

「あべのハルカス」の展望台も、
屋上付近に予定しているらしいので
明石海峡大橋は、また席を譲ることになるかもしれません。




長い前置きはここまでにして・・・。
では、ご覧いただきましょう!

ため息がでる圧巻の風景、
これが「明石海峡大橋」主塔からの眺望です!!


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↑神戸市の舞子方面の眺望です。

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↑真下を見ると、米粒のように小さい車が往来しています。

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↑3つのアーチを描く砂浜がアジュール舞子の海岸(右奥)で、
 その奥は、須磨や三宮方面です。


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↑写真の左側は、明石方面です。
 この日は、太陽の日差しがサンサンと降り注ぐ暑い日でしたが
 海面から約289mの上空を吹く風は、心地よかったです。



そして、こちらが淡路島方面の眺め!!
少しスモックがかっていますが、伸びやかで広大な風景です。


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↑2本目の主塔があんなに小さく見えます。
  今、私たちが立っている主塔から向こうに見える
 主塔までの長さ(約1,991m)がギネス記録に認定されています。


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↑霞んでいるのが少し残念ですが、
 淡路島と青い海のコントラストが良い感じです!!


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↑明石海峡では、1日に約1,400隻の船が往来するそうです。
 背の高い船でも通れるように、橋桁は海面から約65mの高さに
 設計されています。



主塔での約20分の滞在時間を堪能し、てっぺんから降り
来た道から少しコースを変えて戻ります。


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体験ツアー終了から数時間後、夕暮れを迎えます。

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太陽の就寝後には、明石海峡大橋のイルミネーションが始まります。

ライトアップパターンは、
国際的な照明デザイナーの石井幹子さんがプロデュース。

1092個の特殊照明装置(イルミネーションランプ)により、
四季折々に光の表現で姿を変える大橋が
夜の明石海峡をロマンティックに演出。

神戸の夜景&デートスポットになっています。


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〜 「日本書紀」巻第13の話 〜

紀元14年、允恭天皇(いんぎょうてんのう)の御代に、
帝が淡路島を訪れ猟をしました。
ところがいつもは大猟なのに、その日は一獣もとれません。

そこで、占いをたてたところ
島の神のお告げがあり、明石の海底にある真珠を探し献上せよ。
とのこと。

里中の海人(もぐり手)が海に潜りますが、
誰も海底深淵に、たどり着けません。
そんな中、阿波国・長村の海人が現れ
光を放つ岩陰に大きな鮑を見つけ、手に取り海面に上がります。

大鮑の中には、桃ほどの見事な真珠が入っていて
帝がその真珠を神に捧げると、大漁の猟がとれ民が潤った。
と書かれています。


明石の海と淡路島、真珠が登場するこの物語を知ってか否か、
明石海峡大橋は「パールブリッジ」の愛称で知られています。
不思議な縁ですね。





タグ:神戸

2012年07月15日

「祇園祭」京都の夏がやってきた


2012年7月、いよいよ京都の夏が始まりました!!
そいう言わずと知れた「祇園祭」です。

街のあちらこちらから聞こえる、コンチキチンの祇園囃子が
古都の夏を一層盛り上げます。

約1ヶ月間にわたって繰り広げられる「祇園祭」は見所満載!!
今日は、宵山(7月14日〜7月16日)です。


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今では「八坂神社」の「祇園祭」として知られていますが
明治までは「祇園社」の「祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)」、
略して「祇園会(ぎおんえ)」と呼ばれ
明治維新の神仏分離によって「八坂神社」へと改称されます。

八坂神社の起こりとなる「祇園社」は、
平安時代前期の公卿であり日本史上初の関白となる
藤原基経(ふじわら もとつね)が自邸を寄進し
建立したことに始まります。


当時の正式名称は「感神院祇園社」といい「祇園」という名前は、
琵琶法師・耳なし芳一が語った「平家物語」冒頭の
「祇園精舎」に由来するとか。

  祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。
  沙羅雙樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
  驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。
  猛き者もつひには滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。

また、八坂神社の本殿・東側には
「平家物語」巻六にも登場する、平清盛の養父・平忠盛ゆかりの
「忠盛燈籠」という石灯籠があります。


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↑夜18時以降、歩行者天国となった4車線の道路は、人だかりで動きがとれません。
 この日(7/15)の観光客数は、29万人だったそうです。
 ちなみに、7/14は25万人・7/16は40万人、
 宵山の3日間の観光客数は、累計94万人だそうです。


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↑この山車は<放下鉾>です。昼間と夜で、こんなに雰囲気が違います。
 昼間にみると天高く伸びる鉾の先が見え、
 夜には、灯がともった提灯が幻想的な空間を演出します。

 かつて放下鉾も長刀鉾と同様「生稚児(いきちご)」でしたが
 昭和4年以降、稚児人形になっています。
 稚児人形は、久邇宮多嘉王殿下より三光丸と命名されたそうです。


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↑この山車は<岩戸山>で、松を載せ少人数だけ乗れるようになっています。

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疫病退散を祈って行われ始めた祇園祭の山車(だし)には
「鉾」と「山」があります。
この山車が街中を巡行し、豪快な辻回しをするのが「山鉾巡行」です。

鉾とは、直径2メートル程の車輪が付き、
2階に、コンチキチンと奏でるお囃子が乗ります。
屋根には、長大な鉾(槍のような武器)があり
頭上の鉾に、疫病神が吸い込まれると信じられています。


鉾は木製で、その重さは10トン〜12トンにもなるとか。
組み立てには、代々伝えられた縄だけで組み立てる
「縄がらみ」という手法を用い、釘は1本も使わないそうです。

山とは、鉾の変わりに松の木を戴き、
山の上で出し物を演じる数人の者が乗ることはあっても、
お囃子ほどの大人数は乗っていません。
この松の木も鉾と同様、疫病神が吸い込まれるとされています。


現在の山鉾は桃山時代から江戸時代にかけて形造られたそうです。
中国、インド、ペルシャなど、シルクロードを経て持ち込まれた
タペストリーや京都の金襴・西陣織などの懸装品、
左甚五郎作などの優れた彫刻や精緻な欄縁金具などの工芸装飾品で
豪華絢爛に飾られるようになり「動く美術館」と言われています。


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山鉾は、全部で33基あるのですが
ここでは、一部の「鉾」と「山」をお見せしましょう。


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↑<蟷螂山(とうろうやま)>蟷螂とは、カマキリのこと。

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↑<蟷螂山(とうろうやま)>屋根の上にカマキリが乗るユニークな山です。
 自分の力をわきまえず、大敵に立ち向かう
 その勇猛さを賞した中国君子の故事に由来。


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↑<山伏山(やまぶしやま)>山鉾巡行の時には、松の下にご神体が鎮座します。

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↑<山伏山(やまぶしやま)>山に飾るご神体は、見ての通り山伏の人形です。
 正面の水引は、雲中の竜、青海波と麒麟を
 精緻な刺しゅうで描いた中国からもたらされた豪華なもの。


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↑<橋弁慶山(はしべんけいやま)>ご想像通り、ご神体は牛若丸と弁慶です。
 500年も前の造形で、山の中では最も古いご神体だそうです。


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↑<長刀鉾(なぎなたほこ)>山鉾巡行では、くじ取らずの1番手(先頭)。
 約11トンの巨体。巡行開始時に、しめ縄を切る生稚児(いきちご)が乗る唯一の鉾。
 鉾のてっぺんを飾るのは、三条小鍛冶宗近作の大長刀。


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↑<船鉾(ふなほこ)>船の形をした鉾ですが頭上に細長く伸びる鉾はありません。
 「日本書紀」の神功皇后の新羅出船に由来し
 船頭には「鷁(げき)」と呼ばれる想像上の瑞鳥が飾られています。
 

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↑<月鉾(つきほこ)>この鉾に関するグッズを購入すると
 観光客でも鉾の中に入ることができ、
 他の鉾でも、しばしば見受けられる光景です。


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↑<月鉾(つきほこ)>伊弉諾尊が黄泉の国から戻り、禊ぎをした際
 左目から天照大神、右目から月読尊、鼻から素戔鳴尊が生まれました。
 この鉾は、水徳の神であり夜を支配する、月読尊に由来するそうです。


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↑<菊水鉾(きくすいほこ)>謡曲「菊慈童」から着想された鉾で、
 この鉾に限り「菊水」と篆書で掘り出した額がつく。
 観音経を記した菊の葉についた露を「菊水」といい、
 その水を飲むと、不老長寿になるといわれています。


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祇園祭は、日本三大祭り、京都三大祭り、日本三大曳山祭り、日本三大山車祭り
に数えられる日本を代表する祭り。

現存する33基の山鉾のうち29基が、国の重要有形民俗文化財に指定され、
17日に行われる山鉾巡行は重要無形民俗文化財に指定、
2009年9月30日には、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。



タグ:京都
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2012年07月14日

蓮(ハス)の早朝観賞! in 万博記念公園


蓮(ハス)の花が咲くとき「ポン」と、
かすかな音がするんだそうです。

「開花音を聞けば、悟りが開ける、地獄に堕ちず成仏できる」という
言い伝えがあり、その音を聞いた人は幸せになれる!!といわれています。

その話を耳にして、蓮に興味を持ったのは
十数年前のまだ20世紀だった頃。

最初は「ポン」というその音を聞いてみたい!と、
思っていたのですが、尊く咲く花の姿を見たら
そんな思いもどこへやら。

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今日、やってきたのは大阪・万博記念公園の
はす池で開催されている
「早朝観蓮会(そうちょうかんれんかい)」です。

なぜ、早朝なのかというと・・・。

蓮華(レンゲ)とも呼ばれる「蓮(ハス)の花」は
早朝から咲き始め、昼には花が閉じてしまうから!
最適な観賞時間帯は、早朝6時ごろ〜9時ごろなのです。

ちなみに、童謡「ひらいた ひらいた」の歌詞には
「ひらいた、ひらいた、何の花が開いた、
レンゲの花が開いた、開いたと思ったらいつの間にかつぼんだ」
とありますが、ここに出てくるレンゲの花とは
野に咲く「レンゲ草」のことではなく
水辺に咲く「蓮華(レンゲ・ハス)」のことなんですよ。


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万博記念公園のはす池には「大賀蓮」「舞妃蓮」「ネール蓮」など
26種1,200株のハスが咲き誇り
蓮の見頃にあわせ、朝6時から入園を始めます。

ということで、始発電車を乗り継ぎ万博記念公園へ。
着いたのは、朝6時半!!
天気予報通り、曇り一時雨というビミョ〜な天気。


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↑早朝にもかかわらず、すごい人です。しかもカメラが、ずら〜り並んでいます。
 年配の方ばかりかと思いきや、20代の若い男女の姿もあり
 なかには、カップルの姿もあって・・・、早朝デートのようです。

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↑花びらの縁に、うっすら薄紅色をさした白い蓮は
 なんと清らかで神々しいことか。


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↑仏教では清浄のシンボルとされ、泥の中から美しい花を咲かせることから
 悪い環境に染まらず清く生きることにたとえて
 「泥中之蓮(でいちゅうのはす)」といわれます。


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↑咲き始めの蓮の花と花が散ったあとにできる花托(果托・かたく)です。
 花托には、種ができます。


蓮(ハス)の呼び名は、花が散ったあとにできる花托が
「蜂巣(ハチス)」に似ていることから
短くなって、ハスになったとか。

また、蓮の花のことを「蓮華(レンゲ)」、
蓮の種を「蓮の実」、蓮の根を「蓮根(レンコン)」と呼び
野菜として食されています。

蓮の実は、精進料理にかかせない食材で
滋養強壮、疲労回復、精神安定、健胃、下痢止め、減肥作用などの
効能があり生薬として、またお茶(ハス茶)としても食され
古代中国では、皇帝への貢物として珍重されていたそうです。

とうことで、はす池にある「はす庵」では
観蓮会期間中の特別営業として早朝から
蓮の実を使った「朝粥定食」が食べられます。


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↑お粥の中央にあるのが「蓮の実」です。
 栗とゆり根と銀杏をたして割ったような味で、ホクホクとして美味しかったです。


蓮の実をお粥にして食べると精力がつくそうで
店員さんは「長寿祈願をしてお召し上がりください」と言っていました。
長寿になるかどうかは別として、胃にやさしいお粥と蓮の実なので
夏バテには効きそうです。


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 その他に、蓮の葉でお酒やお茶を飲む
 「象鼻杯(ぞうびはい)」もやっていました。

 葉の表面に、お酒またはお茶を注ぎ、
 茎からストローのように吸って飲みます。

 葉の様子が、象の耳と鼻にみえることから
 象鼻杯というそうです。






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↑蜂たちの足には花粉玉、蜜を求めて花から花へ飛び回っていました。

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蓮は植物の中でも、もっとも古い品種の一つで
約1億4000万年前には、地球上に存在していたといわれます。

蓮の実の皮はとても厚く、土の中で発芽能力を
長い間保持することができるそうで
遺跡などから発見された蓮の実の発芽にも成功しています。

例えば、2000年前の弥生時代後期の実を発芽させた「大賀蓮」、
約1400年から3000年前の実を発芽させた「行田蓮」、
約800年前の実を発芽させた「中尊寺蓮」などがあります。

これらは、総称して「古代ハス」と呼ばれ
日本各地はもとより世界各国に根分けされています。

この万博記念公園の蓮の中にも「大賀蓮」があるんですよ!
私には見分けがつきませんが・・・。


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蓮の花の命は、わずか4日。

1日目の早朝、蕾をふくらませ
「ポン」と小さくつぶやき開花した花は、お昼前までに花を閉じます。
2日目も早朝から咲き始め、また閉じる。
これを3回繰り返し、4日目の朝には散り始めます。

(開花音が聞ける可能性があるのは、1日目の咲き始めだと
 どこかで聞いたことがあります。確証はないのですが・・・。)

厳しい環境の中で、永くじっと耐えて咲いた花は
儚く短い栄華を謳歌するように、色鮮やかに重々しく咲き誇り
潔く散ってゆくのです。


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「花は散るからこそ美しい」と、誰かが言っていました。

蓮の花のように、環境に左右されることなく
自分をしっかり持ちたいと願いはしても
人は、散ることを畏れて生きている。

手放したくないと握りしめたその手の中にあるものは
いったい何なのか。




タグ:大阪
posted by ショコラ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 花巡り